2012年8月30日木曜日

「丘」


三日月の形に窪んだ湾を包み込む丘は
地平の果てまで箱たちによって埋め尽くされている
箱はどれも一辺一mほどの大きさで
研ぎ澄まされた刃物のような美しい角をもっている

丘へやってきた一台のダンプカーは
荷台いっぱいに積まれた箱をぞんざいに投げ出し
砂塵を巻き上げて走り去っていく
その後にはまた
箱の間をすり抜ける潮風のざわめきだけが残される

それは何の前触れもなくやってくる
浜辺にひしめき合う箱のうち
エネルギーを蓄えたものはにぶい光を放つようになる
その光は遠くに見える灯台の灯りのように
ゆっくりとした明滅を繰り返す

血の色をした太陽が沈んだのち
深い闇を纏って一隻のタンカーが現れる
タンカーは備え付けられた金属のアームで
発光する箱をすべて甲板へ吊り上げ
海の彼方へ消えてゆく

はちきれんばかりにエネルギーを蓄えた箱たちは
この丘から遠く離れた場所の誰かの手によって開かれる
コンテナに積み込まれた箱たちは
その時が訪れるのを
今か今かと待っている



 起源は、ある事象の結果から振り返って初めて実体を持つ。これまで起源という認識をもって、起源を体感した者はおそらくいないだろう。それは流れる時の中でゆったりと発展していくもので、時系列で起源を明確に割り出すことは不可能。
 しかし、人類は合理性を追求するあまり、事象に先立つ起源そのものを物質化。培養を始める。フラスコの中でメカニズムを解明された起源は、工場で大量生産され、海を臨むさびれた丘に運ばれる。
 信号で止まっている自動車が、発進時に一番ガソリンを必要とするように、物事が動き始めるとき、そこには膨大なエネルギーが渦巻いている。雨、風、波、雷鳴、月光、陽光……箱の形を借りた起源は、この丘でこれら自然現象からそれぞれの起源に適した養分を抽出する。
 はちきれんばかりにエネルギーを蓄えた箱は、海を渡って世界各国に散ってゆく。圧倒的なスピードをもって疾走している近現代。“時代”は、箱がもたらす起源の氾濫によって、さらにスピードを増してゆく。
 起源は人工的に生み出されている。誰の目もないさびれた丘で。