2014年7月9日水曜日

火葬場へのメロディ

今年の桜の見頃が終わる頃、祖父・塩尻五郎は死にました。

別れは急なものではありませんでした。徐々に身体の機能を失って、未来に何の希望も持てない、施設という名の牢に繋がれた五郎。介護士の方々は本当に良くしてくださいましたが、彼の心にまとわりついた粘着質の憂鬱を取り払うことは誰もできませんでした。

ただ生きているだけの毎日。解放への唯一の道である安らかな死が早く彼に訪れることを、僕は祈っていました。

遺体と対面した時、まずこみ上げてきたのは、永遠の牢獄から解き放たれたことへの祝福の気持ち。しかし、26年間共に暮らした五郎との別れは、重く、鋭利な巨岩となって、僕の背にのしかかりました。

僕は式場から一旦家に帰り、一人車で火葬場へ向かう段取りになりました。車内で何を聴こうかなあ。何も思い浮かびません。どれを聴こうかという迷いではなく、純白の空間に置き去りにされたような、選択肢が一切ない迷い。

しばし呆然としたのち、僕が手に取ったのは、Pocketsの「Pasado」と、坂本慎太郎の「君はそう決めた」が入ったCDでした。

馬鹿みたいに晴れ渡ったくだらない青空の下、車内に響くこの2曲の豊穣なメロディが、僕の心に根を下ろし、茫漠とした荒野を穏やかな草原に変えてゆくのでした。


Pockets 「Pasado」


坂本慎太郎 「君はそう決めた」